「使途不明金」問題(被相続人存命中の、親族らによる財産の無断引出し)にはどのように対応すればよいのでしょうか?
相続のご相談を受けていると、しばしば「被相続人の生前に同居をしている/財産の管理をしていた親族が、被相続人の預貯金などを被相続人に無断で引き出していた/横領していた」というお話を聞くことがあります。
ここでは、このような事案への対応方法について、無断引き出しを追求する側(請求をする側)、追求される側(財産を管理していた側)のそれぞれの立場について、解説をさせていただきます。
どのような争いになるのか?
被相続人の生前から争っているケースもありますが、多くのケースでは、被相続人が亡くなられた後、遺産分割を行う際に争いになります。具体的な争いの方法は事案によって異なりますが、
- 遺産分割の中で、「被相続人の生前に引き出された預貯金も、相続財産に含まれる」という主張が出される
- 一部の相続人から財産の管理をしていた相続人などに対し、「被相続人の生前に引き出した預貯金相当額を返せ」という請求が行われる
- 遺言の無効が争われる
- 遺留分の請求の中で、被相続人の生前に引き出された預貯金の扱いについて問題になる
といったケースが多いように思われます。これらの事案は、話し合い(交渉)で解決するケースもなくはないですが、相続人の方々それぞれの感情の対立もあり、簡単には解決しないことが通常です。そのため、家庭裁判所・簡易裁判所の調停・審判や地方裁判所・簡易裁判所の訴訟によって解決する他なくなります。
このような訴訟や調停の特徴として、
- 被相続人ご本人が亡くなられているため、被相続人ご本人から話を聞くことができない。そのため、被相続人が、生前、どのように考えておられたのか、はっきりしたことはわからない。預貯金の引き出しの許可を与えていたのかもよくわからなくなることも多い。
- 結局、残されている客観的な証拠などから被相続人の意思を推定するしかない。最終的にこの推定は正しいのか、誰にもわからない。請求する側、請求される側の両方が納得する結論が出ることは、ほとんどない。
- その結果、親族間の争いがいつまでも終わらないという結果になりやすい。
という点があげられます。
このような事態を回避するため、争いが起こりそうな事案では、被相続人の生前から準備をしておくことが大切です。 相続についても「予防法務」が大事ということになります。被相続人が亡くなられた後は、紛争を回避するためにできることはほとんどありません。
以下、追求をする側(請求をする側)と追求される側(財産を管理している側)のそれぞれの立場から、すべきことを解説します。
- 「被相続人の生前の、親族らによる財産の無断引出し」が問題となるケースでは、親族間の対立が激しくなる傾向にあり、裁判などで決着をつけるしかなくなるケースも多い。このようなケースで裁判をする場合、被相続人から話を聞くことができないため、相続人全員が納得できる結論になることはほとんどない。
- 争いが起こりそうな事案では被相続人の生前から準備をしていくことが大事。相続の「予防法務」が大事である。
追求する側(請求をする側)の対応
① 被相続人が亡くなられている場合
既に被相続人が亡くなられているケースでは、できる限り早く証拠を収集し、必要な請求をしていくことが重要です。
証拠は、日々、消滅していきます。時間が経てば経つほど、証拠を集めるのは困難になっていくことが多いです。できるだけ早く専門家に相談をし、事案に応じてどのような証拠を集めるべきなのかを見極め、証拠の収集に着手していくことが重要です。
また、遺留分の請求は、「遺留分権利者が、相続の開始及び遺留分を侵害する贈与又は遺贈があったことを知った時から一年間行使しないときは、時効によって消滅する」(民法1048条)ため、速やかに請求の準備をする必要があります。また、「被相続人の生前に引き出した預貯金相当額を返せ」という請求についても、請求の立て方によってそれぞれ3年や5年の請求期限があります。
遺産分割や遺言の無効については請求の期限はありませんが、相続から時間が経つと、相続財産が消費されてなくなっていき、返還を求めることができなくなります。もちろん事案によりますが、被相続人の財産を横領するような方は、多額の借金を抱えているなど、金銭的に困窮していることも多く、遺産分割などの請求を行う時点では、相続財産を全て借金の返済に充ててしまい、相続財産がほとんど残っていないという事態にもなりかねません。
このような事態を避けるためにも、できる限り早く専門家に相談をし、必要な手続きについてアドバイスを受け、実践することが必要です。
② 被相続人が生存されている場合
被相続人がご存命の場合、被相続人の財産を管理しているご親族などによる財産の無断引き出しや横領行為を止めさせる必要があります。交渉により止めさせることができればよいのですが、なかなか難しいことが多いでしょう。親族間同士の話し合いが難しいケースでは、家庭裁判所の「親族関係調整調停」を利用するという手段もありますが、相手方が話し合いに応じてくれるかという問題があります。
そこで、検討すべきなのが、成年後見制度の利用です。被相続人が認知症などにより判断能力を失っている/低下しているケースでは、早急に成年後見制度を利用することが好ましいです。
成年後見制度を利用することにより、後見人等が財産管理を行うことになり無断引き出しや横領を防止することができますし、家庭裁判所による監督も行われることになります。成年後見制度の利用を開始すれば、通常、その後は親族による無断引き出しや横領の問題は起こらなくなります。また、成年後見人等の就任以前に無断引き出しや横領が行われていれば、成年後見人等が、引き出された金銭などの回収業務を行います。
ただし、成年後見制度の利用には費用がかかります。
まず、成年後見制度を利用する場合には、家庭裁判所に申立てをする必要があります。この申立ての際に、費用と手間がかかることになります。
また、親族間で紛争のあるケースでは、通常、成年後見人等には弁護士や司法書士などの専門職が選ばれます。(被相続人ご本人の財産からの支出にはなりますが)この成年後見人等の報酬が必要となります。
このように、費用や手続きの手間の問題はありますが、成年後見制度を利用することにより、「被相続人の生前の、親族らによる財産の無断引出し」の問題を予防できるほか、既に問題が起こっている場合には、成年後見人等による適切な解決を期待することができます。
被相続人の生前に対応をしておくことにより、被相続人が亡くなられ、相続が開始する時点では、問題がない状態にしておくことができます。
- 被相続人がすでに亡くなられている場合、できる限り早く専門家に相談をし、証拠の収集・保全や財産・請求権の保全に動く必要がある。時間が経つとできることは減っていく。
- 被相続人がご存命の場合、他のご親族による財産管理に問題がありそうな事案では、成年後見制度を利用するなどして、専門家による財産管理を求めていくべき。
追求される側(財産を管理している側)の対応
① 証拠を残す
追求される側(財産を管理している側)の立場からは、被相続人の生前に、どれだけ証拠になるものを残せるか、という点が大事になります。 紛争になった場合、特に裁判所の訴訟や調停・審判を利用する場合には、「証拠」の有無が判断を分けます。ご自身を守るためには、被相続人の生前から、必要な証拠を収集し、残しておくことが重要です。以下、詳しく説明をします。
まず、できる限り被相続人の預貯金に手をつけないことが、一番の予防になります。
家賃、電気・ガス・水道などの光熱費・公共料金、介護費用・施設入所費用・入院費用などについて、被相続人の預金口座からの口座振替(引き落としにできるものは引き落としの登録をする)の手続をしておくべきです。
預金口座からの引き落としであれば、預金通帳を見れば、何にいくら使ったかを証明することができます。現金をなるべく扱わないようにすることにより、後から他の相続人から文句を言われた場合であっても、支出の内容を証明することができます。
なお、被相続人の預金口座から支出してよいのは被相続人本人が支出すべき費用のみです。相続人の方ご本人が支払うべき費用を被相続人に支払わせるようなことをすると問題になりますので、ご注意ください。
次に、支払先が口座振替に対応していない、スーパーマーケットでの買い物など口座振替は難しいなど、どうしても現金を引き出し、支出をしなければならない場合は、証拠をしっかりと残すことが重要です。具体的には、以下のような対応をすべきです。
- 被相続人の財産を現金で管理せず、預金通帳で管理する。
- 一回に大金を引き出すようなことはせず、こまめに引き出しを行う。
- 被相続人名義の預金通帳から引き出しをした場合、引き出したお金を何に使ったか、通帳にメモをしておく。
- 被相続人のお金の流れについて、帳簿を付けておく。
- 領収証やレシートは、ファイルに入れるなどして、全て残しておく。
これらの対応をすることは、正直、大変だと思います。しかしながら、将来の紛争に備えるためには、これくらいの準備をしておくことが必要となります。
これらの負担を避け、かつ、紛争を予防するためには、成年後見制度を利用するべきです。
② 成年後見制度を利用する
成年後見制度を利用すると、家庭裁判所に選ばれた後見人等が財産管理をすることになります。後見人等は業務としてご本人(被相続人)の財産管理をすることになり、上記のような帳簿の作成・領収証の管理などを行います。
成年後見制度を利用する場合には、以下のとおり、費用と手間が必要になります。
また、親族間で紛争があるようなケースでは、多くは弁護士や司法書士などの専門職が後見人等に選任されます。専門職が後見人等に選任された場合、後見人等の報酬が必要になります。
現時点で財産管理をしている親族の方が後見人に就任したいというご希望をお持ちの場合、任意後見制度を利用することが考えられます。任意後見制度の説明は以下のとおりです。
ただし、任意後見人に就任をすると帳簿の作成や領収書の保管が義務になります。これらの義務に違反すると、家庭裁判所から任意後見人を解任されることもあり得ます。他の相続人から任意後見人解任の請求を受けることもあるかもしれません。また、任意後見人として、他の相続人による攻撃からご本人を守る義務を負うことになります。
ご親族の方が任意後見人に就任された場合、このような負担を負うことにもなりますので、ご親族が後見人に就任すべきか、よく検討をされるべきです。
任意後見制度や成年後見制度を利用するべき案件なのか、誰が後見人に就任するべきか、などの検討は、なかなか難しいものです。ぜひ、専門家までご相談ください。
- 財産の管理をしている側としては、被相続人が亡くなられた後に紛争が生じることを想定して、自身を守るため、被相続人の生前から、必要な証拠を収集し、残しておくことが重要。
- 紛争になる可能性が高い案件では、成年後見制度を利用しておくべき。事案に応じ、任意後見制度を利用するか、法定後見制度を利用するかなどの検討が必要となる。
おわりに
すでに何度もお話をしているところですが、「被相続人の生前の、親族らによる財産の無断引出し」が疑われるケースでは、被相続人が亡くなられた後に対応をすることは難しくなります。被相続人が亡くなられた時点ではすでに紛争になっていることが多く、数年にわたって紛争が続くケースも少なくありません。事案によっては、親族間の紛争が一生にわたって続くということにもなりかねません。
このような事案では、被相続人の生前から紛争を予防する準備をしておくことが大事です。相続の「予防法務」が大事になります。
「リーガルタウン」では、成年後見制度や高齢者の財産管理についての記事も、多数掲載しています。ぜひ、ご覧ください。
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