他の相続人から「遺産の分割をしたい」との連絡がありました。これを無視するとどうなるのでしょうか?

 被相続人が亡くなられ、遺産分割が発生したが、様々な理由により、遺産分割を進めていないこともあるでしょう。このような場合に、相続人の1人から「遺産分割をしたい」との申し出があった場合、これを無視していても良いのでしょうか?ここでは、遺産分割の申し出を無視した場合にどのようなデメリットが発生するのか、ご説明します。

遺産分割に期限はあるのか?

① 遺産分割の期限

 まず、民法の規定では、遺産分割は「いつでもできる」とされています。遺産分割について期限はありません。遺産を分割せずに放置することも相続人の自由ということになっています。民法の規定は以下のとおりです。

民法907条(遺産の分割の協議又は審判等)
 共同相続人は、次条の規定により被相続人が遺言で禁じた場合を除き、いつでも、その協議で、遺産の全部又は一部の分割をすることができる。
 遺産の分割について、共同相続人間に協議が調わないとき、又は協議をすることができないときは、各共同相続人は、その全部又は一部の分割を家庭裁判所に請求することができる。ただし、遺産の一部を分割することにより他の共同相続人の利益を害するおそれがある場合におけるその一部の分割については、この限りでない。
 前項本文の場合において特別の事由があるときは、家庭裁判所は、期間を定めて、遺産の全部又は一部について、その分割を禁ずることができる。

民法908条(遺産の分割の方法の指定及び遺産の分割の禁止)
 被相続人は、遺言で、遺産の分割の方法を定め、若しくはこれを定めることを第三者に委託し、又は相続開始の時から五年を超えない期間を定めて、遺産の分割を禁ずることができる。

 以上のとおり、民法は、「いつでも」遺産の分割をできると規定しており、また、被相続人は、遺言により、5年を超えない期間であれば、遺産分割を禁じることができるとしています。このように、民法は、遺産分割が行われず放置されることもありうると考えています。

【法律の改正によるルールの変更】

 上記のように、遺産分割はいつでも行うことができます。しかし、令和5年4月1日以降は、一部についてルールの変更があるため、注意が必要です。

 令和5年4月1日以降、被相続人が亡くなられてから10年を経過した後に行う遺産分割は、原則として、法定相続分によって画一的に行われることになります。被相続人が亡くなられてから10年を経過した後は、特別受益(一部の相続人が贈与などを受けていたことなどを調整する制度)や寄与分(療養看護などの寄与を考慮して相続分を調整する制度)の主張をすることができなくなります。遺産分割をすることができなくなるというわけではありませんが、特別受益や寄与分の主張ができなくなり、法定相続分で遺産の分割を行わなければならなくなります。

 この規定は、令和5年4月1日よりも前に発生している相続についても適用されるため、注意が必要です。規定により、令和5年4月1日から5年間は、今までと同じように特別受益や寄与分の主張をすることができますが、その後は、相続の発生から10年を経過したものから、順次、これらの主張をすることができなくなります。

② 税金(相続税・準確定申告)に関する注意

 上記のような民法の規定がある一方で、相続税や準確定申告など、税金の関係については注意が必要です。相続税の申告が必要なケースや準確定申告が必要となるケースでは、それぞれの期限までに、必要な申告をしなければならなりません。相続税の申告は、被相続人が死亡したことを知った日の翌日から10か月以内に、準確定申告は、相続の開始があったことを知った日の翌日から4か月以内に、それぞれ申告と納税をしなければなりません。

 民法の規定とは異なり、「いつでもできる」わけではないので注意が必要です。

③ 相続放棄・限定承認に関する注意

 また、相続放棄や限定承認をすることができる期間についても、期限の定めがあります。相続放棄・限定承認のどちらも「自己のために相続の開始があったことを知った時から3か月以内」に、家庭裁判所で必要な手続きをしなければなりません(民法915条1項)。遺産分割とは異なり「いつでもできる」というわけではないので注意が必要です。

④ 所有者不明土地に関する問題

 日本全国に所有者不明の土地が発生していることへの対策として、令和6年4月1日より、相続登記の申請が義務化されます。これにより、相続によって不動産を取得した相続人は、原則として、不動産を取得したことを知った日から3年以内に相続登記の申請をしなければならなくなります。3年以内に遺産分割が終了していなかったとしても、遺産分割未了のまま相続登記の申請をしなければなりません。3年以内に相続登記を行わない場合、10万円以下の過料を科されることがあります。

 詳しくは以下のリンク先をご覧ください。

他の相続人ご本人から連絡があった場合

 他の相続人の方から「遺産分割をしたい」との申し出があった場合、これに応じるかどうかは自由です。他の相続人ご本人の方からの連絡の場合、これに応じないからといってペナルティが発生することはありません。ただし、放置をすることにより、申出をしてきた他の相続人が弁護士などの専門家を選任したり、家庭裁判所の調停手続きを申し立てる可能性はあります。事案にもよりますが、放置が好ましいとはいえません。何らかの特別な事情がなければ、弁護士などの専門家に相談するなどして、今後の対応の方向性を検討すべきです。

 なお、先ほどもお話ししたとおり、相続税が発生するケースなどについては、遺産分割を先送りすると延滞税の問題などが発生することがありますのでご注意ください。

他の相続人の代理人(弁護士など)から連絡があった場合

 他の相続人の方が弁護士などの代理人を選任して「遺産分割をしたい」と申し出てきた場合も、「他の相続人ご本人から連絡があった場合」と異なるところはありません。代理人からの通知にどのように対応するかは自由です。代理人からの連絡に応じなかったことを理由とするペナルティはありません(代理人が回答期限を設定することもありますが、この設定期限を過ぎたからといって、いきなり財産の差押えなどを受けることはありません。)。

 ただし、以下の点には注意が必要です。

  • 弁護士からの通知を放置していると、裁判所の手続に移行することが一般的です。後で説明するとおり、裁判所からの通知を放置すると不利益を受けることにつながります。
  • 他の相続人の方の代理人から電話などで連絡があった場合、これへの応答を録音されるなどして、後々証拠として提出されることがあります。事案にもよりますが、慎重な対応が必要になります。ご自身での対応に不安がある方は、早めに弁護士などの専門家に相談されることをお勧めします。

 以上のとおり、放置をすることは好ましいとはいえません。特別な事情がなければ、通知を受け取ってから速やかに専門家に相談をし、対応方法を検討することをお勧めします。

家庭裁判所から「調停の呼出状」が届いた場合

 他の相続人ご本人やその相続人の方が選任した弁護士などの代理人からの連絡とは違い、家庭裁判所からの呼出しについては、無視をし続けると不利益を受ける可能性があることに注意が必要です。

 通常、調停の相手方となった方が1回目の調停に出席をしなかった場合、通常、家庭裁判所は、手紙や電話などで、2回目の調停の期日に出席をするよう、促してきます。1回目で調停を打ち切ることもあり得ないわけではありませんが、何らかの事情により相手方の出席が明らかに見込まれないような場合を除き、1回で調停を打ち切るという対応をするケースはあまりありません。ただし、このような家庭裁判所の運用があるからといって初回の調停期日を無断欠席することは好ましくなく、指定された初回の調停期日に出席できない場合は、その旨を家庭裁判所に連絡をすべきです。2回目以降の調停に出席をすれば、調停欠席による不利益を受けることなく、手続きを進めていくことができます。

 しかしながら、家庭裁判所から何度も呼び出しを受けているにもかかわらず、その呼出しを無視し続けているような場合には、状況が変わってきます。遺産分割の調停は、相手方が欠席をするなどして調停が成立しない場合、自動的に「審判」に移行します。離婚などの調停のように「調停不成立」で終了するわけではありません。

 「審判」では、家庭裁判所の裁判官が、資料を参考に、相当と考える結論を決めます。裁判官がどのように判断をするかは事案と証拠の状況によりますので、必ずしも申立てをした方の意見が全て認められるわけではありませんが、反論をしないことにより、不利な判断を受ける可能性は高くなります。遺産の分割方法をしてする審判などが出されると、この審判により、給料や財産の差押えを受けることがあり得ます。

 このように、家庭裁判所からの呼出状を無視した場合、最終的には不利益を受けることになります。裁判所から「呼出状」が届いたら、無視をせず、できるだけ早く弁護士などの専門家に相談されることをお勧めします。なお、調停への出席が難しい場合の対応は、以下のリンク先もご覧ください。

地方・簡易裁判所から「訴状」が届いた場合

 「ある方が相続人なのかどうかについて争いがある場合」、「ある財産が相続財産であるか争いがある場合」、「相続発生前の無断引き出しが問題となる場合」、「遺言の無効が問題になる場合」などについては、遺産分割の調停ではなく、民事訴訟を選択することになります。このような問題が生じている場合に他の相続人が民事訴訟を選択すると、裁判所(地方裁判所や簡易裁判所)から「訴状」と「期日呼出状」が送られてきます。この「訴状」などが届いた場合、これを放置しているとどのようになるのでしょうか。

 地方裁判所や簡易裁判所の訴状を無視した場合、裁判所は「訴えられた側は事実関係を争っていない」と判断し、相手方の言い分をそのまま認めます。その結果、相手に有利な判決が出ることになります。判決の内容によっては、給料や預貯金などの財産の差押えを受けることにもなります。判決を受けた後に、「争うつもりであった」と言っても、判決は覆りません。裁判所から「訴状」が届いたら、できる限り早く弁護士に相談し、対応を考えるべきです。どのような事情があったとしても、放置をすべきではありません。

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