「婚姻費用分担請求」が認められないことはあるのでしょうか?
夫婦は、別居中も、相手方の生活費を分担する義務を負います(民法760条)。この「婚姻費用分担義務」は、離婚を前提に別居をしているときでも、原則として発生します。
それでは、この「婚姻費用分担義務」がなくなるケースはあるのでしょうか?ここでは、「婚姻費用分担義務」の有無について争われた事案における、裁判所の判断を見ていきます。
別居に至った原因が一方当事者にある場合
夫婦が別居に至った原因が一方当事者にある場合、その原因をつくった当事者からの婚姻費用分担請求は、認められなかったり減額されることがあるとされています。例えば、不倫をして家を飛び出した当事者からの婚姻費用分担請求は、「信義則に反する」、「権利の濫用」とされて認められないことがあります。例えば、裁判所は、以下のような判断をしています。
福岡高等裁判所宮崎支部 平成17年3月15日決定
本件抗告事件記録により認められる基本的事実によれば、相手方(注:養育費を請求した側)がF(注:養育費を請求した側の不倫相手)と不貞に及んでこれを維持継続したことを有に推認することができる。
(中略)
上記によれば、相手方は、Fと不貞に及び、これを維持継続したことにより本件婚姻関係が破綻したものというべきであり、これにつき相手方は、有責配偶者であり、その相手方が婚姻関係が破綻したものとして抗告人(注:養育費の請求を受けた側)に対して離婚訴訟を提起して離婚を求めるということは、一組の男女の永続的な精神的、経済的及び性的な紐帯である婚姻共同生活体が崩壊し、最早、夫婦間の具体的同居協力扶助の義務が喪失したことを自認することに他ならないのであるから、このような相手方から抗告人に対して、婚姻費用の分担を求めることは信義則に照らして許されないものと解するのが相当である。
大阪高等裁判所 平成28年3月17日決定
夫婦は、互いに生活保持義務としての婚姻費用分担義務を負う。この義務は、夫婦が別居しあるいは婚姻関係が破綻している場合にも影響を受けるものではないが、別居ないし破綻について専ら又は主として責任がある配偶者の婚姻費用分担請求は、信義則あるいは権利濫用の見地からして、子の生活費に関わる部分(養育費)に限って認められると解するのが相当である。
(中略)原審判の認定事実によれば、抗告人(注:養育費の請求を受けた側)と相手方(注:養育費の請求をした側)が平成25年に再度同居した後、相手方は本件男性講師と不貞関係に及んだと推認するのが相当であり、抗告人と相手方が平成27年〇月に別居に至った原因は、主として又は専ら相手方にあるといわざるを得ない。相手方は、上記不貞関係を争うが、相手方と本件男性講師とのソーシャルネットワークサービス上の通信内容(中略)からは、前記のとおり単なる友人あるいは長女の習い事の先生との間の会話とは到底思われないやりとりがなされていることが認められるのであって、これによれば不貞行為は十分推認されるから、相手方の主張は採用できない。そうとすれば、相手方の抗告人に対する婚姻費用分担請求は、信義則あるいは権利濫用の見地から、子らの養育費相当分に限って認められるというべきである。
この場合にも、以下の点に注意が必要です。
- 未成熟の子に対する扶養義務は、免除されることはない。別居の原因をつくった側からの婚姻費用分担請求が「権利の濫用」等となる場合であっても、養育費相当額の支払義務は認められる(上記の大阪高等裁判所の審判参照)。
- どのような事案で婚姻費用の減免が認められるかは、裁判所の判断次第である。「有責性の争いは離婚の裁判で解決すべきであり、婚姻費用の分担の場面では考慮すべきでない」という考え方をする場合もある。
以上のとおり、裁判所は、「夫婦が別居に至った原因が一方当事者にある場合、その当事者からの婚姻費用分担請求を信義則違反・権利の濫用として許さない」と判断することがあります。ただし、裁判所の判断は事案によってさまざまであり、どの程度の有責性があれば「信義則違反」「権利の濫用」と認められるかは、明確な基準はありません。また、有責性を認めても、婚姻費用の分担を命じるケースもあり、判断は一定しません。「裁判所は、一方の有責性を認めれば、婚姻費用の請求を認めない」と一般化することは難しいように思います。
また、夫婦間の婚姻費用の分担請求が「信義則違反」、「権利の濫用」となる場合も、子の養育費に相当する部分の請求は認められます。「子の養育費に相当する部分の請求については、常に認められる」という運用は、確立した運用と考えて差し支えないと思われます。
- 裁判所は、「夫婦が別居に至った原因が一方当事者にある場合、その当事者からの婚姻費用分担請求を信義則違反・権利の濫用として許さない」と判断することがある
- ただし、裁判所の判断について、明確な基準はない。
- 婚姻費用のうち、子の養育費に相当する部分の請求については、常に認められる。
別居が長期化するなどして、婚姻関係が完全に破綻をしている場合
別居が長期間続くなどして、既に婚姻関係が完全に破綻をしているようなケースについても、婚姻費用の分担請求を認めなかったり、認める額を減額する事例があるとされます。例えば、公表されている事例としては、以下のようなものがあります。
東京家庭裁判所 昭和47年9月14日審判
申立人(注:婚姻費用の請求をした側)と相手方(注:婚姻費用の請求を受けた側)とは夫婦であるが、昭和44年5月頃から別居状態にあるから、相手方は申立人に対し婚姻費用の分担として申立人の生活費を分担する義務があるといえる。
そこで申立人の生活費について相手方が婚姻費用として分担すべき具体的金額を定めるべきところ、一般に夫婦間の婚姻費用分担の程度は、いわゆる生活保持義務であつて、自己と同程度の生活を家族にさせる義務があるといわれているが、婚姻が破綻状態になり、当事者双方に円満な夫婦の協同関係の回復への期待と努力が欠如している場合には、その分担額もある程度軽減されると解される。このような婚姻破綻についてどちらの配偶者に責任があるかという有責性については離婚の際の慰謝料あるいは財産分与において考慮されることはありうるとしても、婚姻費用分担義務は本来婚姻継続のための夫婦の協力扶助義務と共通の基盤に立つものであるから、その原因の如何にかかわらず、夫婦間にこのような基本的協同関係を欠くに至り将来回復の見込もないときは、夫婦の協同関係の稀薄化に伴ないある程度分担責任も影響を受けることはやむを得ないところであろう。
本件当事者間の(中略)夫婦関係調整調停事件は昭和46年10月20日終了して間もないが、この調停事件において当事者双方は離婚を主張し、主として離婚の財産的給付額について合意に達しなかつたことは前記認定のとおりであり、本件審判の経緯においても僅かの期間内に当事者の対立感情がとけたような気配は認められないので、本件当事者間の婚費分担責任は前述のような場合にあたると解せられる。
このように、婚姻関係が破綻をし、回復する見込みがないような事案では、婚姻費用の分担義務が軽減されると判断した事例があります。ただし、公表されている事例が少ないこともありますが、ただ別居が長期化するなどというだけでは、婚姻費用の分担義務が軽減されたり、免除されたりする可能性は低いと考えられています。「婚姻関係が完全に破綻をし復縁する可能性が全くない、戸籍上夫婦であるが夫婦であるという実態が全くない、という事情がある場合に、婚姻費用の分担義務が軽減されたり、免除されたりすることがありうる」という説明になるかと考えます。
なお、最近の裁判所は、「婚姻費用の負担の始期は、婚姻費用の分担を求める側(請求をする側)が婚姻費用分担の調停を申し立てた時点とする」という判断をする傾向にあります。長期間別居をしており、長い間、婚姻費用分担の請求が行われていない事案で、突然、婚姻費用の分担請求の調停・審判を起してきたという事案について、調停・審判の申立時からの請求が認められることはあっても、過去の(請求をしていなかった時期の)婚姻費用の分担までを認めるケースは少ないのではないかと考えられます。
- 婚姻関係が完全に破綻をし復縁する可能性が全くない、戸籍上夫婦であるが夫婦であるという実態が全くない、という事情がある場合に、婚姻費用の分担義務が軽減されたり、免除されたりすることがありうる。
- ただし、こちらについても、裁判所の判断について、明確な基準はない。
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