相続財産の中に債務・借金が含まれている場合、どのようなことを考えなければならないのでしょうか?

 遺産相続の場面では、被相続人(亡くなられた方)が亡くなった時点で所有していた一切の財産と負債が相続の対象となります(民法896条)。プラスの財産のみではなくマイナスの財産(負債)も相続の対象となります。

 債務・借金を相続した場合、支払いの義務を負ってしまうのか?特にプラスが少なくマイナスが大きい場合、何かできることはないのかなど、ここでは、負債・借金の相続について、知っておくべき知識をお伝えします。

債務・借金の相続がある場合に考えるべきこと

① 負債も相続の対象となります

 まず、重要なこととして、負債(マイナスの財産、借金)も相続の対象となります。民法の規定は以下のとおりです。

民法896条(相続の一般的効力)
 相続人は、相続開始の時から、被相続人の財産に属した一切の権利義務を承継する。ただし、被相続人の一身に専属したものは、この限りでない。

民法では、「一切の権利義務を承継する」という規定になっていますので、プラスの財産だけ相続し、マイナスの財産は相続しないという選択をすることはできません。

 なお、負債は、遺産分割の対象にはなりません。相続が発生した時点(被相続人が亡くなられた時点)で、法定相続分に応じて、自動的に分割されます。遺産分割により、一部の相続人に負債を集めるということはできません。

② 相続が発生した時点で選ぶことのできる選択肢

相続が発生したときにとれる選択肢は以下の3つのいずれかになります。

① 単純承認 プラスの財産とマイナスの財産を、すべて引き継ぐ

② 相続放棄 プラスの財産とマイナスの財産を、いずれも、全て、引き継がない

③ 限定承認 相続によって得たプラスの財産の範囲内でのみマイナスの財産(負債)を返済する

なお、時々、「預貯金は相続したいが、田舎の田・畑・山林は相続したくない。何を相続するか選ぶことはできないか?」との相談を受けることもあります。しかしながら、財産の一部のみを相続するという選択をすることはできません。

 特に負債の相続がある場合には、どの選択をとるのか、決断しなければなりません。そして、この決断については時間制限があります。

③ 期間制限

民法915条(相続の承認又は放棄をすべき期間)
 相続人は、自己のために相続の開始があったことを知った時から三箇月以内に、相続について、単純若しくは限定の承認又は放棄をしなければならない。ただし、この期間は、利害関係人又は検察官の請求によって、家庭裁判所において伸長することができる。
 相続人は、相続の承認又は放棄をする前に、相続財産の調査をすることができる。

 この規定のとおり、「自己のために相続の開始があったことを知った時から3か月以内」に単純承認をするか、相続放棄をするか、限定承認をするか、決めなければなりません。この3か月の期間を「熟慮期間」と呼びます。

 3か月の熟慮期間内に決めることが難しい場合は、3か月の熟慮期間内に、家庭裁判所で、「相続の承認又は放棄の期間の伸長」の手続をとることで、期間を延長することができます。期間の延長をするためにも書類の収集などが必要になりますので、「3か月以内に決断をすることが難しいかもしれない」と思われた場合は、できる限り早く、熟慮期間の伸長の手続をされておくことをお勧めします。

  • 相続が発生した場合には、①単純承認(すべて引き継ぐ)、②相続放棄(すべて引き継がない)、③限定承認(相続で得た財産の範囲内で負債を引き継ぐ)のどれを選択するか、決めなければならない。
  • 上記の選択は、原則として「自己のために相続の開始があったことを知った時から3か月以内」にしなければならない。家庭裁判所の手続により、延長することは可能。
  • ③限定承認は手続きが複雑になるので注意が必要。

単純承認を選択する場合

 「単純承認」は、財産も負債も、すべて引き継ぐものです。民法の条文は以下のとおりです。

民法920条(単純承認の効力)
 相続人は、単純承認をしたときは、無限に被相続人の権利義務を承継する。

民法921条(法定単純承認)
 次に掲げる場合には、相続人は、単純承認をしたものとみなす。
 相続人が相続財産の全部又は一部を処分したとき。ただし、保存行為及び第602条に定める期間を超えない賃貸をすることは、この限りでない。
 相続人が第915条第1項の期間内に限定承認又は相続の放棄をしなかったとき。
 相続人が、限定承認又は相続の放棄をした後であっても、相続財産の全部若しくは一部を隠匿し、私にこれを消費し、又は悪意でこれを相続財産の目録中に記載しなかったとき。ただし、その相続人が相続の放棄をしたことによって相続人となった者が相続の承認をした後は、この限りでない。

 「単純承認」をする場合、特に手続きは不要です。民法921条3号の規定により、「相続放棄」・「限定承認」の手続をとらないまま「自己のために相続の開始があったことを知った時から3か月」の期間が過ぎると、自動的に「単純承認」をしたことになります。

 なお、負債を単純承認により引き継ぐ場合、複数人の相続人がいれば、その相続人が、それぞれ法定相続分の負債を引き継ぐこととなります。

 例えば100万円の借金を負っている方が亡くなり、その相続人が妻(法定相続分2分の1)及び子2名(法定相続分はそれぞれ4分の1)の場合、妻が50万円、子2名がそれぞれ25万円を引き継ぐことになります。この割合は相続人の側で勝手に(債権者の許可なく)変更をすることはできません。相続人の側で誰が支払うのか決めることは自由ですが、その取り決めがあることを債権者に主張することはできません。一方で連帯債務となることもないので、債権者から妻宛に100万円の支払いの請求が来たとしても、支払う義務があるのは50万円の範囲ということになります。

相続放棄を選択する場合

 「相続放棄」は、財産も負債も、一切引き継がない(すべて放棄する)というものです。民法の条文は以下のとおりです。

民法938条(相続の放棄の方式)
 相続の放棄をしようとする者は、その旨を家庭裁判所に申述しなければならない。

民法939条(相続の放棄の効力)
 相続の放棄をした者は、その相続に関しては、初めから相続人とならなかったものとみなす。

 一部の財産・負債のみ放棄するという選択をすることはできません。

 相続放棄をするためには、「自己のために相続の開始があったことを知った時から3か月以内」に家庭裁判所(亡くなられた方の最後の住所地を管轄する家庭裁判所)に相続放棄の申述を行う必要があります。ただし、事案によっては、この要件が緩和されることがあります。相続放棄の詳しい説明は、以下のリンク先をご覧ください。

 相続放棄をした場合であっても、お墓・位牌などは相続財産ではないため、引き継がれなくなるということはありません。お墓・位牌などは、慣習にしたがって祖先の祭祀を主宰すべき方が承継します(民法897条1項)。

 なお、相続放棄について注意すべき事項として、「相続放棄は家庭裁判所で手続きを行わなければ相続放棄にはならない」という点があります。「自分は、ほかの相続人に、「遺産は一切いらない」と言った。」ことで「相続放棄をした」と認識されている方がいらっしゃいますが、これだけでは相続放棄をしたことにはならず、負債があれば支払義務を負うことになります。相続放棄をする場合は、必ず、家庭裁判所で手続きを行うようにしてください。

限定承認を選択する場合

 「相続によって得た財産の範囲内でのみ負債を返済する」という選択です。財産より負債が多い場合は、得た財産の範囲で負債を返済すれば、自身の財産から負債を返済する義務はなくなります。民法の条文は以下のとおりです。

民法922条(限定承認)
 相続人は、相続によって得た財産の限度においてのみ被相続人の債務及び遺贈を弁済すべきことを留保して、相続の承認をすることができる。

民法923条(共同相続人の限定承認)
 相続人が数人あるときは、限定承認は、共同相続人の全員が共同してのみこれをすることができる。

民法924条(限定承認の方式)
 相続人は、限定承認をしようとするときは、第915条第1項の期間内に、相続財産の目録を作成して家庭裁判所に提出し、限定承認をする旨を申述しなければならない。

 なお、限定承認には、以下のようなデメリットがありますので注意が必要です。

① (相続放棄をした相続人を除き)相続人全員が、限定承認をしなければならない

 一部の相続人のみが限定承認を選択するということはできません。相続放棄をした相続人を除く、全ての相続人が限定承認に合意をする必要があります。1人でも反対をする相続人の方がいらっしゃると限定承認を利用することはできません。

② 手続きが複雑であり、時間がかかる

 限定承認の手続は家庭裁判所を通じて行う必要があり、その手続きは複雑で、時間がかかります。特に、不動産の売却については、任意に売却をすることはできず、原則として競売の申立てをしなければならないとされているため、手間と時間がかかります。

 また、破産などの場合、裁判所が選任した管理者が清算の手続きを進めてくれますが、限定承認については、そのような管理者が選任されるわけではありません。限定承認をした相続人ご自身で手続きを行う必要があります。

③ 税金の問題が発生することがある

 相続財産の中に不動産が含まれており、その不動産が取得をした時点から現在までの間に値上がりをしていると、税金の問題が発生します。税法上、限定承認の場合、相続が発生した時点で譲渡があったとみなされ、購入時の価格と死亡時の時価の差額(値上がり分)に対し、譲渡所得があったとして、譲渡所得税の課税が行われます。なお、この譲渡所得税については「準確定申告」という手続きを行わなければならず、この手続きは、被相続人が亡くなられた後、4か月以内に申告し、納付をする必要があります。

 以上の問題などもあり、限定承認の利用件数は多くありません。利用件数は、年間700~800件程度となっています(一方、相続放棄は、年間20万件程度となっています。)。

 特に限定承認については、期待した効果を得ることができないという問題が発生することもありますので、限定承認を決断される前に弁護士(及び事案によっては税理士)への相談をお勧めします。

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